ニコラスがシャワーから戻ると、第二の問題が浮上した。それは解体した巨大タラバガニ及び大量の鶏肉をどう処理するか、である。
ウィリアムは食べる分だけ持って帰るべきだとニコラスを説得しようとしたが、彼は頑として首を縦に振らなかった。
「俺は全部食べられる」
「……いや、これは流石に人間の許容量を超えてますよ!?」
諦めましょう、と再三伝えるも、ニコラスはしかめっ面のまま幼い子供のようにぷくりと頬を膨らませるだけである。
「ほらニコ、あとでおじさんが好きなお菓子買ってやるから」
ギデオンが宥めてもニコラスは動かない。泊まる予定のヴィラに向かわないとそろそろ日も落ちてしまう。
ハウスメイトたちが困り果てていると、クラクションの音と共に真っ赤なダッジチャージャーR/Tが入ってきてウィリアムたちの前で止まった。
2012年モデルと思しきそのチャージャーはホイールのリムやマフラーまで車体とおなじ真紅に塗られている。
ハーマンがピュウ、と口笛を吹いた。
「ワンオフマフラーじゃん、イケてる〜」
「ワン……オフ……?」
ウィリアムが目を瞬かせている間に運転席から男が降りてきた。派手なオレンジ色の髪を後ろに撫で付け、シンプルな服装に反してシルバーのアクセサリーをけばけばしいほどに着けている。
「兄ちゃん達何しとるん?」
彼の言葉尻には僅かに南部の訛りがあった。
「いやあ、……その、この辺に散らばっているものを全て持って帰りたくて……」
ウィリアムの視線につられて男も血肉と蟹と鶏の散乱するビーチを見渡し、ああ、と頷いた。
「こんなにあったら車一台じゃ運びきらんばい。……でも、死体なんか持って帰ってどうすっと?」
ハウスメイトたちは顔を見合せた。今回偶然とはいえ人間は一人も殺していないが、男に正直に話せば警察に通報されてしまう可能性がある。
しかし、黙り込む一同を見渡して彼は鷹揚に笑うと、近くに立っていたフォンの背をバシバシと叩いた。
「そげん気ぃ使わんでよかよ!俺は人肉を扱う屠殺人やけん、多分兄ちゃんたちと同じ人種やし!」
「……あんたも殺人鬼ってことか。……しかし俺たちがなぜ同類だと?」
「そんなの顔見たら分かる。兄ちゃんたち、皆俺と同じぎらぎらした目をしとう」
男はセオに顔を近付け、そのアーモンド型の瞳を凝視した。セオは目を細めて男の蒼色の両目と睨み合っていたが、やがて諦めたように肩を竦めた。
「確かにな。……まあ、それだけで人殺しと決め付けられるのはたまったもんじゃないが」
負け惜しみのようなセオの言葉に、男はまた声を上げて笑った。
男はジェドと名乗り、ウィリアム達に先に宿泊施設に向かうようにと告げた。
「俺の兄貴のトラックが店にあるけん、それで運ぶよ」
「……俺も残っていいか?この量を一人で運ばせるのは悪い」
ニコラスがすかさず手を挙げる。手伝いというのは建前で、おそらくジェドに蟹を横取りされるのを警戒しているのだろう。突然変異の巨大蟹など、食べたがるのはニコラスくらいだとウィリアムは思うのだが……。
しかし、蟹及び鶏肉を回収しなければどっちみちニコラスはてこでも動かないだろう。ハウスメイトたちは車に乗り、ニコラスとジェドを置いたまま宿泊予定のヴィラへと向かった。
予約していたヴィラはビーチから出ると海沿いを真っ直ぐ走って三十分ほどの場所にある。
バリ島をイメージしたエキゾチックな造りで、ヤシの木に囲まれたオープンエアのリビングから庭に出ればすぐに備え付けのプールで泳ぐこともできる。
ニコラスを除く六人を出迎えたのは2mを優に超える、スキンヘッドに傷だらけの大男だった。
「……貴方は、ロッジの管理人さん!?」
思わず声を上げたウィリアムに男がにっこりと微笑む。
「お久しぶりです、師匠方」
なお、ウィリアムたちがシュリンプフィールドキャンプサイトで出会ったロッジの管理人についてはTALESに掲載しているShare house with Serialkillersのepisode43をご参照あれ。
「アンタ、ロッジだけじゃなくてヴィラの管理人もやってんのか」
半分呆れた様子のセオ達を管理人はさあ、と手招きしてヴィラの中へ案内した。
「夏はロッジの方はシーズンオフですから、ヴィラの経営に力を入れるんです」
「経営者としての才能はあるんだねえ」
ハーマンの揶揄いの言葉を諌めるようにセオがその後ろ頭を叩いた。
「ミャウ!ミャウミャー!」
庭のプール横にブランコがあるのを見つけたフォンが、駆け寄って早速飛び乗っている。ギデオンはその背中を押してやるためにフォンに着いて行った。
「そういえばお昼は海に行かれたんですよね?ヘビーウェルスビーチはいかがでしたか?」
「ああ……話せば長くなるんだが……」
セオはウィリアムと顔を見合せた。
「……とりあえずニコのお陰で今日の晩飯は豪華になりそうだ」
全てを端折ったセオの言葉に、管理人はそのつぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせた。
ウィリアムたちがヴィラに着いて一時間も経たないうちに、ジェドとニコラスが到着した。彼らが乗って来たのは巨大なコンボイトラックで、ジェドの愛車であるチャージャーと同じくキャブが端から端まで真っ赤に塗られていた。
「車の趣味いいねえ」
出迎えたハーマンの褒め言葉に、運転席から降りてきたジェドは照れたように後ろ頭を掻いた。
「赤が好きやけん」
「血の色が目立たねえからだろ」
セオがそう茶々を入れると、ジェドは笑顔のまま大きく頷いた。
「そ!赤い車は人轢く時に返り血が目立たんけんね」
セオは真顔でコンボイの目の前まで歩いていくと、フロントにべっとりと付着した血と肉片に気付いてため息をついた。
「肉増やしてどうすんだよ」
「あぁ、今日轢いた分は持って帰ってミートチョッパーに掛けるけん」
おそらくミンチにして売るのだろう。潔癖症のセオはその様子を想像したのか露骨に顔を顰めたのだった。