「お前の血液型は何だ?」
ソファに座ったまま不意にそう呟いた菰野乃木の手には、『乙女の血液型性格うらない〜気になるカレとの相性が丸わかり〜』と大きく書かれた本が握られている。
そのファンシーな絵が描かれたピンク色の表紙を一瞥して伊妻は鼻で笑い……自らの目を疑ってもう一度凝視した。
「いや何それ?頭おかしくなった?」
「朱里に借りた」
「誰よその女ァ!」
「小学一年生の女の子だ。公園でよく会うんだよ」
「女は女よ!」
伊妻は雑なオネエ口調でそう言うと、ローテーブルの向かいから身を乗り出して菰野乃木の手にあったパステルピンクの冊子を奪う。
ぱらりと適当なページを開くと、「A型のあなたは同じA型のカレと相性バツグン♡」と頭痛がするほど非科学的な文言が記載されていた。
「えーとね、俺はB型でアンタもB型……あ、男同士の相性は載ってないや」
伊妻はケラケラと笑いながら本を菰野乃木の手へと返す。
菰野乃木は不思議そうに数度瞬きをすると、普段ドストエフスキーを読むのと同じような神妙な面持ちで女児向け血液型占い本を読む作業へと戻った。
「ねえ、朱里ちゃん小学一年生がどこの馬の骨かは知らないけど、馬鹿みたいな本をそんな真面目な顔で読まないでよ。医者の立場から言わせてもらうと血液型と人間の性格の相関性には医学的根拠が……」
「うるさい」
菰野乃木は本から視線も上げずに伊妻の台詞を一蹴した。菰野乃木が奇行に走るのはいつものことだが、血液型占いを安易に信じるのは友人兼医者としては阻止したい。あと伊妻としてはほんの少し……本当にごく僅かに、まさか相性が気になる相手でもいるのだろうかという心配もあった。
「冗談だよね血液型占いとか。まさか信じてるの?」
「俺は信じてない」
「……好きな相手がいるの?男?女?」
「好きな相手……? ああ、それは男だ」
菰野乃木がさらりと放った言葉に伊妻は絶句した。
────菰野乃木さんに好きな男がいる? いつの間に、誰、嘘、どうして、まさか、俺じゃなくて?
視界が白み、一瞬気が遠くなる。慌てて菰野乃木の隣に座り、距離を詰めた。
「それって……もしかして、俺?」
「は?なんでお前なんだよ」
菰野乃木は怪訝な表情で本を閉じ、テーブルに置いた。
「名前は知らん。血液型は確かB型で、えーと……背が高くて優しくて、頭が良い……とか」
「俺だってB型で背が高くて優しくて頭が良いよ!」
伊妻は菰野乃木の腰に手を回して抱きついた。
「ね、俺で良くない?」
「本当にさっきから何を言っているんだお前は」
菰野乃木は眉を顰めつつ伊妻の手を振り払う。
「鬱陶しい」
「す、好きな男って誰? ねえ、どこで出会ったの!?俺より顔かっこいい!?」
伊妻は尚も菰野乃木の腰にしがみついた。あまりに必死の形相に菰野乃木は目を瞬かせる。
「……朱里の好きな男の子がそんなに気になるのか?お前は年上好きじゃなかったか」
「……ん?どういう意味?」
伊妻が首を傾げると、菰野乃木は呆れたようにため息をついた。
「朱里は本を読むのが凄まじく嫌いなんだ。だから朱里と好きな男の子の相性を調べておいてくれと俺が頼まれた」
──── 朱里ちゃん小学一年生ッ!!
両手で頭を抱えたまま天を仰ぐ。
────今すぐ壁に頭を打ち付けて記憶を飛ばしたいほど恥ずかしい!
ソファに倒れたままゴロゴロとのたうち回る伊妻を横目に、菰野乃木は再び『乙女の血液型性格うらない〜気になるカレとの相性が丸わかり〜』を開いたのだった。
(終)